2016年5月4日水曜日

生きよう

二人で通ったなれた店。
いつも2人で座っていた席。
笑顔になったり膨れたり
向き合って杯を交わした日々が懐かしく思い出される。
今日もいつも二人で通っていた店に足を運んで
いつもの席に着き酒を運ぶ俺。
笑顔を向けるお前の代わりに携帯電話を目の前に置き
テレビを見ながら杯を進め
時々携帯電話の中からお前の写真を拾って言葉を掛けてみる。
電気の付いていない部屋に帰るのが怖くて
お前と通った店に足を運んでしまう俺。

「まだ慣れなくて」

「直ぐには受け入れるのは難しいわよね」

女将と二三言葉を交わして店を出る足取りは重く
部屋の前に立ち明かりの付いていない部屋の鍵を回す手も重い。
もちろんお帰りなさいの言葉が聞こえて来るわけもないのに
どこかにお前が隠れているような気がして
電気をつけてあたりを見回してしまう。
シーンと静まり返った部屋はやけに冷たくて
温まりたくてシャワーを浴びに風呂場へ駆け込む俺。

「助けて」

シャワーの音に紛れてお前の声が聞こえた様な気がして
あの日の光景が浮かびあがってくる。
助けられなくてごめん
シャワーを頭から浴び流れ出るものを洗い流す

「先生助けて下さい!
何でもします!
お願いだから助けて下さい!」

「最善は尽くしました。
脳は完全に停止したままです。
再び意識を取り戻すことは難しいでしょう。」

淡々と話す医師に憎しみを覚えてしまうほど
病院に横たわるお前をなでながら
必死に呼びかける

「戻って来いよ!
そっちにいくなよ!」

呼びかけに反応することなく
心臓だけが弱弱しく鼓動を打っていたお前の鼓動が停止して
倒れてから2週間後に旅立っていったお前。
耳に残る『助けて』の声だけを俺の心に強く残して抜け殻となったお前。
一人ですべてを終え残ったものはお前への思いだけとなった俺。
日を追うごとに忘れられるという人がいるけれど
日に日に思いが強くなる気持ちをコントロール出来なくなってくる。
お前の面影を求めてまたいつもの店へ足を運ぶ
わざと忙しくない時間を選んで
お前との時間を楽しむ俺。

『俺もそっちの世界に行こうかな?
お前の傍に行こうかな?』

杯が進む朦朧とした頭が
ぐるぐると同じ言葉を繰り返す
外が暗くなり忙しくなる前にとお会計をして店を出ようと玄関を開けた瞬間に

「おやすみなさい」

不意に掛けられた言葉にドキッとして振り返った俺。
女将が笑顔で立っている姿に思わず笑みが零れ
まだ笑える自分がいることを教えられた。
もう少しお前の分も生きていこうかな。
そう思えることが少しだけ嬉しかった今日だった。